5.「ノアの教典」 5章「『分与と搾取』~国を治める対極の政治~」

「分与」と「搾取」~国を治める対極の政治~

 

「税金の使い方」という表現は政治を学ぶ上で良い教育では無いかもしれません。そもそも、4章で学んだ通り、政策を行うために税金を集める必要はないからです。税金を集める理由は「物価の安定」「景気の調整」「世界をより正しい方向へ導く」の3つです。「国に治めるお金」と「国を治めるために使うお金」は全く別で考えなければならないのです。国民から集めた税金で政策が行われていると考えてはいけません。なぜなら、集めた税金で政策が行われていると洗脳教育をすることによって、国家の財政難を理由に悪質な増税が繰り返されるからです。「通貨発行権」を持つ権力を有していれば、決して国家財政の問題は起こらないのです。

 

ですので、「税金の使い方」ではなく、あえて「国家予算の使い方」とします。今回は国を治めるためにどのように国家予算が使われるのかを学んでいきましょう。政治を行う方法は大きく分けて2つです。「分与(与える)」の政治と「搾取(奪う)」の政治の2つを比較してみます。

 

「分与の政治(新世界ノア)」

一般会計のみ。国家予算1000兆ベリー。

□エデンの建築、運用費

→生きていくために必要な支援(980兆ベリー 国家予算の98%)

・エデンの建築。アスクレピオス、高級ホテル、娯楽施設、(500兆ベリー 国家予算の50%)・・・10兆規模のエデンを年間50建築される計画。1つのエデンに20万人が暮らす都市計画。年間1000万人分の居住スペースが作られていく。2020年時点の日本の人口では約13年で日本国民全員分が確保できる。

・ホテル運用費(※最重要 毎月10万ベリー補助 150兆ベリー 国家予算の15%)

・レストランでの食事支援費(※最重要 毎日3食、1食1000ベリー補助 150兆ベリー 国家予算の15%)

・電気代、水道代、ガス代などの光熱費(1人あたり月5000ベリー 8兆ベリー 国家予算の0.8%)

・生活必需品。生活用品。(1人あたり月1万ベリー補助 15兆ベリー 国家予算の1.5%)

・携帯料金(スマートフォン、電話料金、通信費全て無料 月3000ベリー 4兆ベリー 国家予算の0.4%)

・医療費(口座残高のない人のみ支援。医療費は有料。 1兆ベリー 国家予算の0.1%)

・アーク(主な交通手段)

□エデン外の支援(工場建設 農地開拓 漁業支援 100兆ベリー 国家予算の10%)

□医学研究(10兆ベリー 国家予算の1% ※99%が幹細胞治療へ)

□防衛費(5兆ベリー 国家予算の0.5%)

□教育費(1兆ベリー 国家予算の0.1%)

・五大教育「建築」、「ホテル」、「医学」、「食」、「防衛」

□その他 予見できない支出の備え(4兆ベリー 国家予算の0.4%)

 

 

「搾取の政治(旧日本)」

国家予算のうち、国会で議論されネットで詳細が公開されている一般会計約100兆円。そのうち約2割が国の借金で亡くなるため、80兆円の内訳

□医療費(約40兆円 実質的歳出額の50%以上)

国債費(約20兆円 歳出額の20%)

・銀行の支援

□公共事業(約7兆円 実質的歳出額の11%)

・道路(信号、標識)

・団地、市営住宅、県営住宅、公共の施設

・駅、飛行場、港。

・河川の堤防やダムなど治水対策。

地方交付税(約16兆円 実質的歳出額の20%)

・警察、消防、市役所、社会保険事務所、税務署などの人件費。

生活保護、環境衛生

□防衛費(約5兆円 実質的歳出額の約6%)

□その他(約9兆円 実質的歳出額の約11%)

・大手企業への支援

開発途上国の経済援助

・予見できない支出の備え

□教育費・化学発展(約5兆円 実質的歳出額の約6%)

・小、中、高、大学などの教育機関。教員や校舎改築など。

・美術館、博物館、図書館。

 

比べれば一目瞭然です。国家予算の使い道が「分与の政治」では、生きていくのに不可欠なところに使い、「搾取の政治」では、生きていくのに不可欠なところにはお金を使いません。完全に両極端なのが分かると思います。

 

新世界ノアでは、国家予算の多くがエデンの建築、運営に充てられます。その中でも全ての使徒が住んでいる高級ホテルに国の予算が支払われ、宿泊や電気代、水道代、ガス代などの光熱費、生活用品が無料になります。さらに、レストランも毎日3回1食1,000ベリーまで補助されています。スマートフォンも全ての使徒に配布され、通話料金や通信費も生活に不自由のない一定量まで無料です。医療費は通常は有料ですが、お金が無くなった時点で完全に無料になります。教育費は「エデン」「医学」「食」の新世界の中核をなす3大教育のみ無料で提供されています。この国を治めるために最も重要な「政治」に関しては、テレビ放送によって行われます。テレビ放送は「政治」以外は禁止されています。

 

「分与の政治」では、人々の暮らしは生活費に追われることなく、家事から解放され、仕事時間は短く自由な時間を過ごすことが出来ます。全ての使徒が高級ホテルに宿泊が出来、プロが作った食事を毎日楽しむことが出来ます。ノアの世界を運営していくために最も重要な三大教育は無料で提供されているため、教育費も稼ぐ必要はありません。人々は何の心配もなく安心して暮らしていくことが出来るのです。

生きていくために必要なものを与える政治を「分与の政治」と言います。分与の政治は国民の満足度が高く国民の支持を得ることによって国の運営を行うのです。

 

ただし、「分与の政治」もまた奪わないわけではありません。人々から徹底的に奪う必要があるのです。新世界ノアが奪ったものは「所有の自由」と「無料の楽しみ」です。その理由は「仕事」をさせるためと「安全」を手に入れるためなのです。「分与の政治」は、満足度が高い反面、欠点も存在します。それは「仕事をするモチベーションを失う」ことです。

新世界が誕生する以前の時代では、ブルネイブータンデンマークなどの国が「分与の政治」を行っていました。これらの国々は「最も幸せな国」だと言われていました。新世界ノアの原型だと言われています。ノアほどではありませんが、どの国も生きていくために必要なものを国が与えていたのです。確かに、国民の満足度は高いのですが、必死に競争して働かないため経済や技術の発展が遅れてしまうのです。問題は「働くモチベーション」が高くないことでした。これを国の仕組みによって克服しなければならないのです。これから、極端な話をします。国を健全に運営していくためには必要なことですのでしっかりと考えて下さい。

 

生きていくために必要なものを国がすべて与えたとします。それも、最低限度の生活ではなく、可能な限りの最高レベルの生活を与えられているのです。無料の遊びもありますし、好きな人はスポーツもします。何もかもが満ち足りているのです。

しかし、それでは人々は「働く理由がありません」。国民が働かなくなってしまったら、どうなるでしょうか?住む場所が与えられていたとしても、食糧やエネルギーを他国に依存しなければならなくなります。今の生活を維持しようとして国民で協力し合っても必要最低限の物しか作らなくなります。そのような備えでは大きな災害や飢饉が起きたときに大きな食糧問題に発展してしまいます。経済発展や技術開発や研究も遅れてしまいます。また、国民のほとんどがあまり働かない中で、国防も弱体化してしまいます。命を懸けて24時間守る屈強な兵士が集まらなくなってしまうのです。

 

共産主義とは、「財産は全て国のものであり、全ての国民で共有しようとする考え方です」新世界ノアの発想に近く、「分与の政治」が行われました。しかし、歴史上、最大級の巨大国であるソ連連邦は崩壊してしまいました。残念ながら、生きていくために必要なものを国がすべて与えるだけでは国が運営できないのです。それは歴史が証明しています。

 

「分与の政治」を完成させ、国を治めるためにはどうしても「働くための強い理由」が必要なのです。これは新世界を運営するためには最重要な考え方ですので、理解しなくてはなりません。新世界ノアは生きていくために必要なものを与えた代償として、「所有の自由」と「無料の楽しみ」奪わなければならなかったのです。新世界ノアでは「楽しむために働かなければならない」のです。これが「分与の政治」を完成させる鍵なのです。

 

しかし、なぜ物の所有まで奪わなければならなかったというと、例えば、遊び道具さえ買ってしまえば、野球やバスケなど様々なスポーツが出来ます。ゲームが出来ます。スマートフォンやパソコンなどはコンテンツが生まれれば、ずっと遊べてしまいます。所有することによって、無料で遊べるものがこの世界には溢れているのです。

基本的には何も所有することが出来ません。生活に必要なものは全て、最高のものを用意します。ですので、所有をしなくても生活していく上で何の問題もありません。さらに、所有させないことで、徹底的に危険物の持ち込みを防ぐ狙いもあるのです。何も所有せずに、何の不便もなく生活が出来るのであれば、日本中だけでなく世界中どこに行っても、最高の生活を提供してもらえるのです。その時に、海外へ危険物を持ち込まないことや外のエデンから来る人々によって危険物を持ち込ませないことは非常に重要です。生活に必要なものを全て用意してくれるのだから、何も持たなくていいのです。これらの対策もあり、新世界ノアでは凶悪な犯罪をゼロになりました。所有の禁止が、大きく貢献していると言われています。過去の日本では毎日200人以上の人々が行方不明となり、人間の存在そのものが消えていました。人を殺せる物が誰でも手に入れることができ、暗殺を商売としていた闇の組織は証拠を残すことなく、この世から人間を跡形もなく消してしまうような設備すらも持っていたのです。「所有の自由」は安全な生活を脅かします。特に政府に都合の悪い人物が消される対象となっていたと言われています。

 

「分与の政治」では、生きていくために必要なものが全て与えられる代わりに、所有が禁止され、無料の楽しみがは全て禁止されています。今の時代を生き抜く人々は分かっていると思いますが、「楽しみ」は働きさえすれば、最高のエンターテイメントが用意されています。過去の時代に提供されていた「楽しみ」の比ではありません。全てが有料となり、広告も廃止されているため、純粋に楽しむことを追及しているのです。広告だらけになり、金儲けが目的のエンターテイメントではないからなのです。「分与の政治」では、無理にお金を稼ごうとせず、広告を意識しないで済むからです。

 

では、「搾取の政治」の生活はどんなものになるのか、想像してみてください。

 

政府はまず、税金で搾取を行います。これがなぜ、搾取と呼ばれているのかと言うと貧困層に不利な税金を上げ続けて、富裕層に不利な税金を下げ続けたためなのです。貧困層に不利な税金には「国民健康保険」や「国民年金」などの名前を付けることによって、税金を払えない人間には最低限必要な生活の保障までも取り上げたのです。そのため、現在の法律では税金に名前を付けることを禁止しているのです。

 

しかし、政府による搾取はそれほど大きなものではありません。最大の搾取は政府自らではなく「民間企業にさせた」のです。これこそが「搾取の政治」と言われるが所以なのです。生きていくのに必要なところに国家予算を充てず、国民が民間企業から搾取が行われるように社会全体の仕組みを作ったのでした。そのための仕組み作りに国家予算が使われているのです。

 

約100兆円(詳細が公開されている一般会計のみ)もの国家予算は次のようなものに使われました。(※1円=1ベリーに相当)※ちなみに、実際の国家予算はさらに200兆円の特別会計が存在し、国会のチェックが必要なく、内訳も非公開となっていました

 

搾取の一つ目が「自動車社会」です。日本中に道路を作ることによって、車なしでは日常生活が不便になるように都市開発を行ったのです。その結果、ほとんどの国民は車を買うことになったのです。さらに、事故が多発したことで、自賠責保険だけでなく任意の自動車保険に入ることは必須になったのです。車にかかる費用は生涯で約4000万円と言われていました。この搾取を行ったために、1948年から2019年までの72年間で63万6481人が死亡し、4706万2429人の負傷者を出したのです。これは、広島の原子爆弾の約2倍、長崎の原子爆弾の約6倍もの死亡者なのです。自動車社会はお金だけでなく命までも容赦なく奪ったのです。そして、大量の負傷者によって医学界が儲けていたと言います。しかし、自動車社会を支えている民間企業を責めてはいけません。これは政府が搾取を行うために都市開発を行った結果にすぎません。その便利な社会を支えていた貢献者だということを忘れてはいけません。技術が発展し、生活がより便利になるために、より良いものを生み出してくれていたのです。憎むべきは間違った政治です。だからこそ、政治が間違わないよう全国民が学ばなければならないのです。

 

搾取の二つ目は、「住居」でした。政府は市営住宅や団地など税金を使い国民に与えた建物はかなり貧素で狭いものでした。多くの国民が心のそこから満足できるものではなかったのです。しかも、有料です。税金で建てた住宅にも関わらず、さらに国民から毎月賃料を取る税金の二重取りともいえる状態だったのです。

満足できる生活を求め、賃貸を借りたとしても、毎月かなりの料金を支払わなければいけません。家賃は、賃貸に住んでも新築で建てても、毎月の支払いはそれほど変わらないものでした。満足した生活を手に入れるために、ローンで新築を建てて、マイホームを持つのが夢になったのです。ローンを払い終えれば、資産が増え、安定した生活を送ることも出来ます。しかし、家を手に入れることは大きなリスクを伴いました。2019年の当時では首都圏の新築一戸建ての平均は約4000万円だったと言われています。これを35年間の住宅ローンで支払うと利子だけで700万円になります。1カ月約11万円も支払わなければならないのです。さらに、家を保有すると災害に備えて「火災保険」も支払わなければなりません。そして、住宅の改善や修繕費なども考えると生涯で6000万円を超えてしまうのです。これほどのお金をかけても、安全は確保されておらず、災害時には避難場所として学校や役場などの公共の施設が指定されていたのです。

今では、ほとんどの人々が土地を奪い合わず、家を所有しません。なぜなら、無料で高級ホテルの一室が与えられているからです。それも、世界中のエデンに住むことが出来るのです。家を買う意味は全くありません。むしろ、土地や家の維持にお金がかかり、負担にしかなりません。新世界ノアでは道路や家は過去の負の遺産と呼ばれています。理想的な都市開発をするためには取り壊すしかなく、余計な仕事が増え、新たなエデンの建築の重荷になっているのです。

 

搾取の三つ目は「教育」です。小学校から大学まで16年間かかります。費用は公立や私立によっても異なりますが、1人1000~2000万円が必要だと言われていました。また、搾取するのはお金だけとは限りません。子ども達から16年もの「時間」を奪い、政治を学ぶ機会を奪ったのです。さらに、政府にとって都合の良い情報を与え洗脳をかけたのでした。

教育はさらに、日本の最高の頭脳を政治に引き抜く目的も兼ねていました。日本最高学歴の東大は官僚育成学校と呼ばれ、官僚は裏で政治を支配していたのです。教育によって、国民は頭脳までも政府側に奪われたのです。

 

搾取の四つ目は「生活費」です。生きていくために必要なものを何も与えないため、生活していく上で、「食費」、「家電」、「生活必需品」、「電気代」、「水道代」などを支払い搾取されたのです。さらに、搾取を行うのに手段を選ばない政治家たちも出てきます。詐欺集団は利益を政治家たちに供与することによって、法によって守られ、共存するようになりました。そのため、詐欺はどんどん増えていき、搾取される被害者はどんどん増えていきました。銀行の仕組みによって、政治家の裏金や裏社会、闇組織などの資金調達や資金隠しを可能にし、犯罪を助長しました。国民から搾取を行うために表社会だけでなく裏社会までも利用したのです。

 

搾取される国民たちはこれらを稼ぐために、週5日朝から晩まで8時間働かなければなりませんでした。それだけ、働いても収入が足らず残業をしたり、休日出勤を行っていたのです。それでも、過去の人達は満足に遊ぶことは出来ませんでした。働くことで時間が奪われ、搾取によってお金は生活するので一杯一杯だったからです。そのため、無料で見れるテレビ放送や無料の動画配信サービスや有料動画など、お金のかからない楽しみに人々は満足するしかなかったのです。旅行に行けるのは年に数回程度と贅沢できるのは極端に限られていました。これほどまでに働きながらも、ほとんどの人達はローンと言う借金を抱え日々を暮らしていたのです。

人々は何のために生きているのか分からなくなり、次第に自殺に追い込まれてしまいまいます。旧日本では、毎年2万から3万人の自殺者が出し、毎日約50~80人の命が失われたのです。

 

これほどまでの搾取を税金として政府が直接行ったら、国民の怒りを買い、国を運用していくことが出来なくなってしまいます。だからこそ、民間を利用して搾取を行うのです。

 

300兆円もの国家予算がありながら、国民が生きていくために必要なことには使いませんでした。道路や信号、標識などを利用して車社会を作り、駅、空港などを作りその周辺に商業施設などを建築し、民間を利用して搾取を行うのです。何も与えられないから、生きていくためには働いて買うしかなくなります。そのお金で一部の富裕層だけが儲かり、多くの国民は搾取される社会を作ったのです。お金だけではありません。労働で時間を奪い、無駄な教育と都合のいい知識を与えて考える力を奪いました。

お金は搾取以外の事にも使われます。それは管理です。不満を抱く国民を取り締まる必要が出てくるからです。市役所や社会保険事務所、税務署、警察署、刑務所、裁判所、消防署、自衛隊などにも多く国家予算が充てられているのです。国民が不満を抱くからこそ、治安が悪くなり、それを取り締まらなければならなくなります。物を持つ自由があるからこそ、様々な犯罪が増えてしまいます。

さらに、「法の支配」を使い政治家たちが法を作ることによって国民を支配してしまいます。政治家や官僚が都合の良い世界を作り上げて、「搾取の政治」を維持し続けたのです。

 

旧日本の政治を見ても分かる通り、「搾取の政治」では徹底的に奪う必要があるのです。それは満足度が低く、国民は不満を抱えているからです。国民が不満を抱いているからこそ、このようにして、政治を変える力を国民から奪うことによって、国を治めるのです。「お金」を奪い、「知識」を奪い、「時間」を奪い、「精神力」を奪います。その上で、テレビや学校を使い、都合のいい情報や嘘で教育を行い洗脳します。そして、政府にとって都合の悪い人間は裏社会を通して消します。搾取され不満を抱えた国民を治めるためには、このようにして国を運営していかなければならないのです。

 

徹底的にお金を搾取する理由はもう一つあります。それは「物価の上昇を抑える」ことです。一般市民が購入する市場の価格は一般市民が決めます。一般市民全体が搾取され、貧困になれば、その人たちが市場の価格の基準になるのですから、価格が上がらないようになるのです。物価が安いということは、お金の価値が高いということです。お金を徹底的に搾取することによって、希少価値を上げ、お金の価値を高めているのです。奪う側に回ることが出来た人間は、搾取する側に回り大きな資産を築くことが出来ます。「搾取の政治」では、格差社会が進み一部の人達だけが贅沢な人生を味わうことが出来るのです。

 

新世界ノアでは、「搾取の政治」に使われた国家予算はほとんど使われていません。税金はITによって自動で支払われ、情報は中央サーバーで管理されています。市役所なども必要がなく、公務員のほとんどはホテルの従業員として働き、本当の意味で国民の生活を支えています。犯罪もゼロを達成し、警察や刑務所や裁判所の仕事も減りました。図書館や美術館、博物館などは、必要であれば国民がお金を出し合い建築されています。道路はほとんどが撤去されていますが、必要だと感じたところだけ、利用者たちがお金を出し合って修繕されています。「搾取の政治」で使われた国のお金は、人々の生活を支えていないことが分かるはずです。国民が生きていく上で必要のないものなのです。

 

国民が望んだのは、生きていくために必要なものへ国のお金が使われることでした。だからこそ、無駄なことにお金を使うことなくエデンの建築や運営に国のお金の大部分は使われたのです。

 

もう一度、考えてみてください。「分与の政治」と「搾取の政治」どちらの方が良いでしょうか?

 

新世界ノアが実現した「完全なる分与の政治」では、生きていくために必要なものを全て与えます。それも、最低限度の生活ではなく最高レベルの生活を提供しています。

 

理想社会は人々が「働く」ことによって実現されており、その「働くための強い理由」を作るために「遊ぶために働く」と言う思想が考えられたのです。だからこそ、国民の「所有」と「無料の楽しみ」は禁止されています。

 

働く理由として、「遊ぶために働く」のと「生きていくために働かなければならない」のと、どちらが良いか考えなければなりません。確かに、旧日本が行った、生きていくために必要なものを国民に与えず、徹底的な搾取を行えば、国民は必死になって働くでしょう。世界は広告だらけになり、お金の奪い合いが始まります。その中で経済や技術が発展し、不可能と思われていたような便利な社会が次々と実現されていくでしょう。

 

しかし、あなたはこのような世界で本当に幸せですか?

 

お金儲けのために物や食糧を大量に作り、もので溢れ、食べ物に困らなくなっても、ずっとお金や生活の心配をしなければなりません。生活していくためにあらゆるものを搾取されていきます。不必要な大量生産によって地球環境も壊していきます。

 

新世界ノアでは人々から「無料の楽しみ」を奪いました。しかし、「生きていくために必要なものを与えられること」を犠牲にしてでも「無料の楽しみ」は本当に必要ですか?

 

「搾取の政治」では「無料の楽しみ」は与えられていますが、広告が流れ、大手企業が儲かり搾取される仕組みの一部となっていました。しかし、貧困層は少なくなくこのような生活から抜け出すことが出来なくなるのです。「無料の楽しみ」に満足することを受け入れ、政府や大手企業の広告をみて洗脳を受けることが人々の日常だったのです。

 

それから、新世界ノアでは人々から「所有の自由」を奪いました。代わりに国民は生きていくために必要なものを全て与えられ最高レベルの生活を手に入れています。さらに、絶対的な安全も同時に手にしたのです。

 

「所有の自由」と言う大きな権利を取り、人々と物の所有を争って奪い合うのか、「所有の自由」と引き換えに、生きていくための最高レベルの生活を与えてもらうのかは世界中の人々が選択をしなければなりません。人々は奪い合うからこそ犯罪や戦争が起こるのです。

 

「安全安心」や「平和」までも犠牲にして「所有の欲求」を選択すべきでしょうか?

 

「搾取の政治」には確かに自由があります。自由なので搾取し放題です。このような世界では奪う側に回るか、奪われる側に回るかで人生は大きく変わってきます。人々は生きるために必要なものを政府が与えないため、どうしても必死に働き、手に入れなければなりません。その世界でお金を奪う側に回れば、時間もお金にも不自由なく満ち足りた生活を送れるでしょう。しかし、社会の仕組み上、それを実現できるのは絶対に一部の人間だけなのです。苦しい生活を強いられている人々が支えることによって、「搾取の政治」は成り立っているのです。

 

もう一度、問います。

 

国家予算はどこに使われることがあなたの本当の理想の世界でしょうか?全ての人々はこのことについて、何度も何度も考えなければなりません。国のお金が人々の幸せになる世界を創っていないのだとしたら、そんな政府は存在意義がありません。不幸せで不満を抱えた国民を騙し、洗脳し、搾取し、政府を打倒させないように政治を行います。そのような政治は、国民を幸せにするどころか、国民を不幸にしていきます。

 

みなさんは、国を運営していくために何を奪われ、何を与えられたいのでしょうか?それを考えることは良い国を作るために非常に重要なことです。人によっては新世界ノアの世界を「所有の自由」と「楽しみ」を奪った搾取の政治だと批判する人もいるでしょう。それは人それぞれです。国民が何を「分与」とみなすか、何を「搾取」とみなすか全ては教育次第です。

 

どんな国を目指したいのか全ての人々が学び、考えなければならないことなのです。世界中の人々が幸せになる政治を考え、学びましょう。人々が政治を考えない世界になってはいけないのです。政治とは「人々が幸せになるためにどのように国を運用するかを考えること」です。だからこそ、全ての人が政治を考える世界にしなければなりません。そして、理想の世界を人々が夢に描き、仕事によって実現していくことが望ましいのです。

 

 

お金を奪わなければ生きていけない世界。経済が重要。都会はオフィスビルや商業施設ばかり。お金を払わないと泊まることも休むことも出来ない。これらをみんなで使えば、住むことが出来なくて困る人達はいないはずなのに。